さだまさし『アントキノイノチ』

アントキノイノチ
  • 生きづらさの中で赦し合い生きる
  • 孤独死もテーマ

赦し合いともに生きる

かつて親友を守れなかったことで心を病み、高校を中退して自分を閉ざしていた永島杏平は、父の知り合いの会社「CO-ORES」で遺品整理の仕事を始める。先輩の佐相さん、会社の社長、おふくろ屋で働くゆきー優しく強い人たちとのかかわりの中で、杏平も少しづつ心を和らげはじめる。そして、ゆきにも悲しい過去があったことを知る。それは、忘れたくても忘れられない、自分を追い込んだ男に関わることだった……。

友人を守れなかったことやだれかに強く抱いた殺意、なにかの罪悪感や恐怖が杏平やゆきの心を追いこんでいく。世の中は、柔な心には生きづらいようにできてる。それに気付かずに生きれる人は幸せだ、とも思う。ひとりの人ができることって小さいけれど、せめて、誰かに生きづらさを感じさせることのないように、私は生きたい。

ちょっとした心使いや言葉がけで世の中はがらりと変われるはず。

孤独死と遺品整理業

一人暮らしで誰にも看取られることなく亡くなる人がいる。中には家族や近隣と接点がなく、何カ月も気づかれないままという人も少なくない。それを社会では孤独死と呼んでいる。ここ数年の統計では、孤独死は年間2,000件以上。緩やかに増えている。

数か月の間、遺体が放置されていた現場の状況は悲惨だ。ひどい臭いはするし、虫の繁殖もすごい。小説でも、思わず「うげっ!!」と声をあげてしまうような現場の描写が出てくる。実際にこのような仕事を敬虔さと謙虚さをもって行うというのは、誰にでもできることではない。

改めてすごい仕事だと感じた。物語に出てくる遺品整理業「クーパーズ」のモデルとなったのは、実在する遺品整理業の会社「キーパーズ」。ここで、佐相さんのモデルになった本物の(という言い方もおかしいが)「佐相さん」も働いている。ただし、こちらの佐相さんは、小説に出てくる前科持ちの中年ではなくて、30歳前後のお若い方だそうです。(そのへんは、ぜひあとがきも読んでみて下さい)

ブックデータ

文庫: 325ページ
出版社: 幻冬舎 (2011/8/4)
発売日: 2011/8/4

映画「アントキノイノチ」

2011年劇場公開。
監督:瀬々敬久
主演:岡田将生、榮倉奈々、松坂桃李、原田泰造
主題歌:GReeeeN「恋文~ラブレター~」
モントリオール世界映画祭受賞。映画の上映に先駆けて、クーパーズの佐相さんを主人公にしたテレビドラマも放映されました。映画の2年前を舞台にしています。

関連書籍

孤独死について、合わせて読んだ『無縁社会~無縁死三万二千人の衝撃』もおすすめです。菊池寛賞を受賞した、孤独死や無縁死をテーマにしたNHKスペシャルのドキュメント番組の書籍化です。

著者・さだまさし

1952年、長崎県長崎市生まれ。10代には作家さんのイメージの方が強いかもしれませんが、作家さんである前にシンガーソングライターであるさださん。山口百恵さんが歌う「秋桜」やドラマ「北の国から」のテーマソングを作った方です。

1973年、フォークソング「グレープ」でデビュー。1976年グループ解散後、ソロ歌手として活動を続けています。両親がさだまさしさんのファンで「おもしろいおじさんミュージシャン」というイメージがあります。さださんの作るしっとりした曲とさらりとおもしろいことを言うギャップが魅力的なのですが、小説を読むときにはおもしろいミュージシャン・さだまさしの作品であるということを忘れて、物語の世界に引きずり込まれます。小説の繊細さとまっすぐさに心を打たれます。