重松清【また次の春へ】

短編集 | 震災

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重松清が描く震災短編集

*もくじ*
トン汁/おまじない/しおり/記念日/帰郷/五百羅漢/また次の春へ
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2011年3月11日、これまでに経験したことのない大きな地震が日本を襲った。たくさんの人がつらい思いをしていた。それをテレビの中でしか知らない自分、「大変そうだな」と思うしかできない自分は「これでいいのかな」と思う。そんな人は重松清さんの『また次の春へ』を読んでみて欲しい。

大きな地震と津波に日常を奪われた町がある。

家族を失った人、家を流された人。

私たちに何ができるのだろうと迷い、無力感に苛まれ、当事者ではないあなたたちにその痛みはわからないと一蹴されても、誰かに添いたいという思いは間違っちゃいない。そんな人たちを描いた短編集。

震災に限らず、心に受けた傷はいつだってその人だけのもので、同じ痛みを分かち合うことなんて簡単にはできない。それでもなにかせずにいられない人たちの思いもある。それは偽善や欺瞞だと言われても。そこに映っているのはきっと、だれかの痛みではないのだ。

かつて母を亡くした少年時代に父が作ってくれたトン汁。

子どものころに暮らした海辺の町での思い出。

手元に残らなかった母の写真。

被災した方々に寄り添いたいと思うのは、そこに自分のかつて癒せないままの痛みがあるから。

三月十日の夜、ベッドで眠りに就く前にしおりを本に挟んだとき、慎也は翌日の午後に自分を待っている運命に気づいていない。しおりを本に挟むというのはそういうことなのだ。一番小さな未来を信じた証が、薄いひとひらのしおりなのだ。明日、またー。また、明日ー。あの夜も、数えきれないぐらいたくさんのひとが読み掛けの本にしおりを挟んで眠り、それきりになってしまったひともたくさんいるのだろう。

忘れずにいるよと言ってほしくて、救われたくて、手を伸ばしているのはこちらの方なのかもしれない。だれかのため、という言葉はいつか自分が欲しかった言葉なのだと、思う。

*本をチェックする*

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