『ねじれた絆―赤ちゃん取り違え事件の十七年』~家族の定義とはなにか

家族 | 映画 | 社会

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  • ノンフィクションドキュメント
  • 映画「そして父になる」原作
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取り違えられた家族のドキュメント

沖縄で実際に起こった赤ちゃん取り違え事件。発覚時から、二人の子どもが成人するまでの家族の記録である。
昭和52年、小学校入学前の血液検査から(現在は行われていない)、娘が自分たちの子どもではないことがわかる。調べてみると、6年前に産院で赤ちゃんを取り違えられたらしい。病院も過失を認め、すぐに子どもたちを交換するべきであるとされるが、そう簡単に話は進まない。
これまで育てた子どもを我が子と思い育ててきた愛情、
血のつながった、たしかに自分と似た容姿を持つ子どもに抱く感情。
ふたつの家族の選んだ道は…。

取り違えられた子どもたちの選択

読み進めるうちに、こちらも感情が読みとられ、なるほど、どちらもすぱっと線を引いて、割り切れるものではない。
交流を重ねるごとに、どちらのこどもにも情はつのり、「どちらも引き取らせてほしい」という話が出るのも当然と思わされる。
この当時、赤ちゃん取り違え事件が多発していたという。平成の現在では考えられないが、産婆による自宅出産から、産院による出産に切り替わった頃。
出産と同時に母子が離され、同じ部屋にたくさんの赤ちゃんが寝かされ、同じ時間帯に同時に沐浴させることも当然ある。看護婦さんの手も足りず、取り違えが起こってもおかしくない状況ではあったようだ。

こうした取り違え事件が発覚してから、産院での管理も慎重になったこともあり、現在では起こりえないといえるだろう。

取材されている沖縄の家族の他にも、いくつかの取り違え家族についても記述されている。ほとんどの家族は、「本当の」家族の元へと戻り、新しい生活を始めた。このケースが、他の取り違えのあった家族と違うのは、完全な交換ができなかったという点にある。
両家が位置的に近かったというのも一因かもしれない。

どちらの子どもたちとも離れることのできなかったふたつの家族は、大きなひとつの家族のようになっていく。
いずれ、子どもには愛情が必要なのだと改めて痛感させられた。(そして、彼らに選択権があるのなら、やはり愛情を選ぶのね、と)
興味深いお話でした。
娘に「お母さんだったらどうする?」と聞かれたが、どう見ても自分にそっくりな表情を目の前にして、やはり「自分の立場では」などと考えられる問題ではないようです。
取り違えにあったどの親も、血のつながった子どもの顔を見た瞬間に「あっ」とわかったのだという。「自分なら…」などと簡単におきかえては考えられない、人間の深さを感じる。私の想像など、やはり及びもつかない。

映画「そして父になる」原作

福山雅治さん主演の映画「そして父になる」の原作というか、参考文献ですね。

映画では、取り違えられた赤ちゃんは男の子。6歳になった時に、取り違えられたことがわかります。東京と群馬に離れていたお互いの家族は、子どもたちのために交流をもち、今後を考えていくことに。大人も子どもも戸惑いの中で、「家族とはなにか」について思いをめぐらせてゆく。

血をわけた家族か、育ててもらった家族か…、正しい答えなどなく、それでも「誰のためにどうあるのが最善か」というための解決策は求められる。その葛藤に胸が苦しくなる。これが実在している出来事だと思うからこそ、なおさら。

「家族とはなにか」考えるきっかえを与えられる作品でした。

第66回カンヌ国際映画祭審査員賞受賞!ハリウッドでのリメイクも決定しているようです。もちろん国内でも高い評価を得て、第37回日本アカデミー賞で優秀作品賞ほか多数受賞しました。

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