チョ・ナムジュ『82年生まれ、キム・ジヨン』

「ガラスの天井」という言葉を知っているだろうか。 Wikipediaによると、資質・実績があっても女性やマイノリティを一定の職位以上には昇進させようとしない組織内の障壁を指す。英国の『エコノミスト』誌は毎年「ガラスの天井」指数発表している。OECD加盟国より29の国について、職場での女性の平等度を測る10の指標(学歴、労働参加、給与、育児コスト、出産権、夫の育児休暇、ビジネススクール受講、企業の管理職、企業役員、国会議員)によってランク付けしている。韓国は最下位、日本はすぐ隣にならぶブービー賞である。「東アジアの女性たちはまるで防弾ガラスでできた天井に頭をぶつけているようだ」とエコノミスト誌は語る。女性たちの多くは、目には見えない障壁や圧力、いわれのない嫌悪にさらされている。それは、韓国も日本も変わらない。(女子にとっては今更の話だけどね)

キム・ジヨンの半生

キム・ジヨンは現在33歳、ごく一般的な韓国女性である。3年前に結婚し、昨年、女の子を出産した。夫・デヒョンはIT関連の中堅会社に勤めており、ジヨンは、ひとりで子育てを担当している。ある日、突然、ジヨンがおかしな言動をはじめて、心配した夫は精神科医に相談する。キム・ジヨンを追い詰めているものは一体なんなのか。

キム・ジヨンの半生に、特別な悲劇は起こらない。ごくありふれた韓国女性の人生である。韓国では、社会的に男は女よりも優位な立場を与えられている(昔も今も)。多くの女性は、学びや社会進出の機会を平等には与えられず、社会のために子どもを産み、育てることを当たり前と見なされる。良い妻、良い母であることを求められる。あんまり賢い女は持て余される(なんてことを言うのか!!)。女性であることを辞めるすべがないように、何かを諦め、手放し、空っぽになった閉塞感の中で生きていくしか道はない。これが、希望の物語だって?

韓国で136万部を突破!日本でも20万部以上を売り上げているベストセラーである。しかも、購買層のほとんどは女性ではないだろうか。ジヨンの生きた背景に自分の育った環境を重ねる女性は多い。韓国、日本の多くの女性たちが、キム・ジヨンの”絶望”に共感している。

彼女の半生を丁寧に聞きとった精神科医は、キム・ジヨンが何に絶望し、追い込まれているのか、その輪郭を捉える。しかし、彼はジオンを救う手立てを示すことはできない。理解は示すが対策を取るつもりはない、これが女性に突き付けられている”現実”だ。

それでは、物語は絶望のまま終わるのか。この本を最後まで読み終えた女性の多くは、このままじっとしてはいられない衝動に突き動かされるだろう。私たちにできることは、まだたくさんあるはず。自分に何ができるだろうかと考える。それが社会を変えて行く希望の一歩になるはずだ。

少なくとも、これまでの女性たちもだたじっと社会が変わるのを待っていたわけではない。キム・ジヨンの祖母は四人の息子を育てるために必死に働いた。母オ・ミスクは、兄や弟たちの学費のために必死に働き、親からは充分な教育を受けさせてもらえなかったため、自力で学校に通い高卒資格を手に入れた。さらに必死に働き、二人の娘たちを大学に通わせた。

日本では、昭和40年、女子の大学進学率は4.7%だった。平成8年には短期大学の入学者数を追い越し、平成30年度で49.1%となった。同年の男子の大学進学率が55.9%なので、その差はだいぶ縮まっている。この50年間で女子の教育環境はぐんと上昇した。女性の社会進出も増えている。母の世代、祖母の世代とさかのぼってみると、女性の立場もだいぶよくなっている。小さな希望をつないでいくことが、次の世代の女の子たちの道を照らす光になると信じたい。

最後に。冒頭の「東アジアの女性たちはまるで防弾ガラスでできた天井に頭をぶつけているようだ」 という言葉を男性たちはどう受け止めているだろうか。機会があれば、聞いてみたい。

本をチェックする

82年生まれ、キム・ジヨン (単行本)
筑摩書房
チョ・ナムジュ (著), 斎藤 真理子 (翻訳)

出版社 ‏ : ‎ 筑摩書房
発売日 ‏ : ‎ 2018/12/7
単行本(ソフトカバー) ‏ : ‎ 192ページ

キム・ジオンの人生にすんなりとひきこまれ一気読み。さくさくと読み進められる、翻訳の力もあると思う。

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