単行本: 656ページ
出版社: 集英社
ISBN-13: 978-4087716467
発売日: 2016/2/26
- 震災をテーマにした桐野夏生さんの長編小説
避難区域で発見された少女
東日本大震災では、多くの人が何かを失った。
失い、新しい何かを手に入れたものもいる。
しかし、失ったものは二度と戻らないし、新しく手に入れた何かもまた、失ったものの代わりにはならない。
東日本大震災はわたしたちに、価値観のゆらぎを与えた。
小説の中の状況は、現実の「いま」とはだいぶ状況が違う。
「ありえたかもしれない」世界というよりは、現実に限りなく近い別の世界という感じで読んだ。貴志祐介さんの『新世界より』のような、村田沙耶香ちゃんの『殺人出産』の世界のような。現実と並行している、すぐとなりの世界。
地震と津波で壊れた原発4基が次々と爆発を起こし、すべての建屋が吹き飛ばされてしまった原子炉からは、放射能物質が止むことなく飛散し続けていた。
海にも地下にも汚染水が流れ込み、東京近郊まで広い範囲が強制避難の対象区となった。
群馬県T市の郊外で、放置されたままのペットを救助するボランティアに参加していた豊田は、納屋の暗がりにしゃがみこんでいる小さな子どもを見つけた。
汚れた花柄のチュニック、まだおむつの取れないような、あどけない表情をしていた。声をかけた豊田に、少女はただ「ばらか」とこたえた。
なぜこんなところに小さな子どもがたったひとりで置き去りにされていたのか。
豊田は少女に「薔薇香」(ばらか)と名付け、身元を引き取ることになる。
震災前と震災後
名前も、両親も、それまでの記憶はバラカには何もない。
震災はバラカにとって、それまでの記憶や価値観をリセットするひとつの大きなポイントとなる。
震災前も震災後も、バラカの人生には「安住」がない。
震災前も彼女の人生は常に不安定だった。
生まれた国を離れ、実の親と別れ、養母から疎まれていた幼いころ。
与えられた「場所」は確かにあったが、それは彼女の「居場所」ではなかった。
震災後、豊田との出会いはバラカにとって新しい人生のはじまりとなる。
原発の再稼働の危険を訴える活動をしながら、日本中を転々と暮らすバラカたちの生活は、安全とは言えない。活動に反対する人たちからの妨害や、原発推進のシンボルとして利用しようとするものも現れる。
だれを、なにを信じていいのか、揺らぐ価値観の中で、バラカは自分の進む道を自分で選び取ってゆく。
バラカは、東日本大震災であらゆるものを失った。
そして、彼女は震災で新しいものを手に入れた。
不安定な時代の中では、社会の価値観が大きく動く。
小さい子どもが親に守られることは、当たり前ではない。
昨日まで安全だと思っていたものが、突然、凶器に変貌する。
信じられるはずの人が、一瞬あとには、もう信じられない人になる。
震災前の私たちは、そもそも社会とはこんなにも不安定だったということに気づかないふりをして過ごしていたのかもしれない。
周りの欲望が渦巻く社会の中で、他者の価値観に振り回される日々はバラカの心に大きな揺さぶりをかけるが、なにを信じ、なにを選び取っていくか、決めるのは自分でしかない。
だれのせいにもできない。
バラカの生きる逞しさにが鮮やかに描かれていた。
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