辻村深月『スロウハイツの神様』~それでも僕は、まだこれを書いている

スロウハイツの神様、文庫本上下巻の表紙

音楽、小説、絵画、漫画、映画、人々の心を揺さぶる作品を次々と生み出す作家たちには、彼らだけが持つ特別な力がある。それを才能とも言うが、技術的センスや才能だけでは、感動を呼び起こす作品は創造できない。才能、努力、チャンスがあっても、報われない作品は少なくない。

才能が認められる者とそれが叶わない者とを隔てるものはなんだろう。彼らは、私のような凡人とは違う、生まれながらに特別な存在なのだろうか。そうではないと思う。

少し角度を変えてみたい。人々の心をとらえる作品をいくつも生み出す、彼らの原動力とはなにか。そのひとつの答えがこの作品の中に込められている。

本のおすすめレビュー

「チヨダ・コーキの小説のせいで人が死んだ」

自殺志望の若者たちが山中の廃病院に集まり、殺し合うという凄惨な事件が起きた。参加者15人は全員死亡。惨憺たる事件の様子は、いくつものビデオカメラにおさめられていた。

残忍な事件(ゲーム)の発案者である大学生・宮園章吾の部屋には、中高生に絶大な人気を誇る作家チヨダ・コーキの小説や関連グッズである『チヨダブランド』で溢れ、その中に彼の遺書が置かれていた。

「ゲーム画像は、全部、コウちゃんに」

事件は「チヨダ・コーキの小説のせいで起こった悲劇」として報道され、社会に大きな衝撃を与えた。

あれから十年後が過ぎた。

スロウハイツは、夢を持つ若きクリエーターの卵たちが暮らすシェアハウス。

オーナーは、人気若手脚本家として活躍している赤羽環。環は譲り受けた古い旅館をリフォームして、部屋を貸している。住人は六人。

高校時代からの親友だったエンヤ

環とは大学時代からの付き合いである漫画家の卵・狩野

狩野の親友であり、映画制作会社で働きながら映画監督を目指している正義

正義の彼女で画家を目指しているスーこと森永すみれ

そして、作家のチヨダ・コーキ。事件の後、一時休筆していたコーキも、今はまた新作を書き続けていた。んでもって、なぜか、コーキを売り出したクールな敏腕編集者・黒木もここに部屋を借りている。

黒木以外の住人は、それぞれに表現者としての成功を夢見ているアーティストの卵だ。環とコーキのふたりの情熱に引っぱられながら、日々語り合い、刺激し合い、それぞれが自分の表現ともがきながら向き合っていく。

心地よいバランスを保っていたように思えたスロウハイツだったが、ひとつあいた部屋を埋めるために、いま、新たな住人を迎えようとしていた。

物語は、彼らの過去と現在が交錯し、語り手を変えながら進んでいく。それぞれの目に映る過去と現在、その先にあるまだ見えない未来へと。挫折に蝕まれることがあろうとも、なぜ、彼らが書き続けるのか。その答えが明かされる……。

「絶望してから十年、それでも僕は、まだこれを書いている」

思いもよらない事件の原因とされたチヨダ・コーキと、だれとも分け合えない苦しみを抱えて生きてきた赤羽環、ふたりが書き続ける理由こそが、この物語の核となる。絶望の中で、それでも書き続ける道を選ぶのはなぜなのか。

作品は時に作り手の意図を超えて、他者に大きな影響を与える。小説や映画、音楽、絵画、漫画などすべてのアート作品には、そうした力がある。自分の作品に影響を受けて凄惨な事件が起こってしまったことについて、チヨダ・コーキは「作家冥利に尽きる」と語るが、小説の力を評価するという点では、その通りだと思う。だからといって、何人もの命が奪われたことを軽んじているわけではない。社会に不安を与えた事件の原因だと批判を受けて、責任を感じない人はいない。それと同時に、読者ひとりひとりについて、受けた影響の結果に責任を負うことができないのも、作家の運命なのだという思いにコーキはたどり着く。皮肉なことに、この事件こそが彼に書き続ける意味を教えることになるのだから、人生はどう転ぶのかわからないものだ。苦しみを苦しみのままに終わらせない。そのためにふたりは書き続けている。それは、作家・辻村深月さんが自らの作品に込めた使命のようにも読める。

ひとつだけネタバレさせてくだはい。序章でガチガチのミステリーかと思うでしょ。青春小説だし、なんならこれ、コテコテのラブストーリーだからっ!!自分の作品を作りたい!という熱い想いをお持ちのみなさんに、ぜひぜひおすすめ。

目次

第一章 赤羽環はキレてしまった
第二章 狩野壮太は回想する
第三章 チヨダ・コーキの話をしよう
第四章 円屋伸一は出て行った
第五章 加々美莉々亜がやってくる
第六章 『コーキの天使』は捜索される
第七章 森永すみれは恋をする
第八章 長野正義は鋏を取り出す
第九章 拝島司はミスを犯す
第十章 赤羽桃花は姉を語る
第十一章 黒木智志は創作する
第十二章 環の家は解散する
最終章 二十代の千代田公輝は死にたかったエピローグ

西尾維新さんの解説がこれまた秀逸です。

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出版社 ‏ : ‎ 講談社
発売日 ‏ : ‎ 2010/1/15
文庫 ‏ : ‎ 368ページ

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