- 1990年代を描くR-35小説
- ウェブ小説の書籍化
90年代ノスタルジー
紛れもない43歳のボクは、知り合って間もない若い女を簡単に抱くほどに、とっくに大人になっていたはずだった。
地下鉄の中で、スマートフォンが「知り合いかも?」と知らせてきたのは、かつて「自分よりも好きになってしまった」彼女の名前だった。
今でも時おり思い返す。1999年の夏、渋谷のロフト。何でもないデートの別れ際に彼女が言った「今度、CD持ってくるね」。それが彼女との最終回になった。
17年後、揺れる満員電車の波に流され、いつのまにかフェイスブックの「友達申請」を送信していた。
あの頃が、波のように寄せては引いてやってくる。クリームの甘い匂いの立ちこめるエクレア工場、アルバイト情報誌の文通コーナー、君が旅に出るいくつかの理由を小沢健二は歌っていた。1999年に滅亡するはずだった地球の上で、ボクはあの頃思い付きで言った夢に近いところに立っている。永遠も半ばを過ぎていま、押し寄せる懐かしさを「ノスタルジック」と名付けたりする。
俺たちがあと50年生きるとして、1日に1冊ずつ読んだところで読み切れない量の出版物がすでに保管されてるんだ。そして一方では世界の人口は70億を超えて今日も増え続けてる。俺たちがあと50年生きるとして、人類ひとりひとりに挨拶する時間も残ってない。今日会えたことは奇跡だと思わない?」
大人になりきれないわけじゃない、きっと、大人になりなくないとまだ思っていたいのだ。
著者・燃え殻
「燃え殻」なんて、ふつう名前に付けない。大人になれなかったのに燃え殻になっちゃったなんて、泣きたくもなるよ、そりゃあね。
プロフィールによると。
燃え殻さんの本職はテレビ美術製作。
Twitterでの抒情的なつぶやきが人気となり、「140文字の文学者」と呼ばれる。ウェブで連載したこの小説が話題となり、デビュー作となった。