辻村深月『傲慢と善良』〜優しすぎて自己愛が強い私たちへ

女性も自立する時代だ。真実ちゃん、結婚しなくていいんじゃないかな、と思いながら読んでいた。

そりゃあ、親や世間に結婚を期待されてめんどくさ、いや、苦しいのもわかる。それに、運良く、架くんみたいなタイプが残ってて、それを捕まえられたなんてラッキーすぎるし、逃したくない気持ちもわかる。

でも、真実ちゃんに必要なのは、結婚の前に自立じゃないかな。寄りかかりたい真実ちゃんのことが架くんは好きなのかどうかは、いまいちわからないけれど。

それもすべて、世間でいうところのおせっかいおばさんの余計なつぶやきでしかないが。

あと、真実ちゃんの名前をちょこちょこ「しんじつ」と読み間違えてしまって、ほんと、ごめんなさいね。

ある日突然、婚約者の坂庭真実(まみ、です)が姿を消してしまうところから物語ははじまる。

西澤架と真実はどちらも三十代で、婚活アプリで知り合い、秋には結婚を控えていた。

「お願い、助けて」

二ヶ月前、真実のアパートにストーカーが侵入する事件があった。アクセサリーがいくつか盗難に遭ったものの、真実(まみ、です)の希望で警察には届けなかった。この事件以来、ふたりは架のアパートで一緒に生活するようになっていた。

真実(まみ、ね)のアパートには争った形跡もなく、警察は事件性が低いと判断した。真実の失踪の鍵を握るストーカーについても、詳しい情報がなければ、これ以上の捜査はできないという。せめて、ストーカーの素性がわかれば…。

架は、ストーカーの情報を掴もうと、真実の地元・群馬へ。そこで、真実が東京へ出てくる前にも地元で婚活をしていたことを知る。

母親、お見合い相手、元同僚、彼らの語る真実の姿に、架は彼女の見てきた景色をうつしていく。

真実はなぜ婚活をしていたのか、真実にとって架はどんな存在だったのか。その思いはそのまま、自分の心に跳ねかえる。

架にとって結婚とは?真実はどんな存在だったのか。

相手と自分の心の内側が見えた時、彼らはどんな選択をするのか。

物語は、現代シリアス版『自負と偏見』の結婚ドタバタ劇。この表現に違和感を感じる人もいるだろうが、私がこのふたりの関係者だったら、『ドタバタ劇』としか言いようがない。

ちなみに、ジェーン・オースティンの『Pride and Prejedice』を本作の中では『高慢と偏見』としているが、わたしは『自負と偏見』の方が馴染み深い。

ミステリーを期待して読み進めると、行く先々で交わされる呑気な結婚談義に違和感を感じるが、それこそが、この物語が伝えようとしている大きなテーマなのだ。

行方不明になった婚約者を追いかける架が途中から、現代の婚活事情から結婚観を読み解く特派員に見えてくる。

現在、結婚している人の割合は下降傾向、一方、結婚をしない人の割合(生涯未婚率)は上昇を辿る。

結婚していない人を対象にした、「将来結婚する意志があるか」という調査では、39歳以下の未婚の男女では「いずれは結婚したい」が45.1%と、結婚の意思のある人は一定数いることがわかる。

婚活をしている人も少なくない。婚活がうまくいく人とうまくいかない人の違いは何か。

架特派員の取材に応じてくれた、群馬県で結婚相談所の営む小野田さんは、婚活がうまくいかない人の原因が「傲慢さと善良さ」にあると説く。

謙虚で自己評価が低い一方で、自己愛がとても強い。(ここで一旦、刺殺にて即死)

その他、小説内にさりげなく小さなナイフが仕込んでありますので、ケガをなさ、ないようお気をつけてお読みください。

結婚に限らず、自由主義の便利な世の中になり、選べることの傲慢さは、少なからずあるように思う。

シーナ・アイエンガー『選択の科学』は、自由選択と人生の豊かさとの関係を科学的に分析している。シーク教徒である著者は、ほとんどがお見合い結婚のインドの結婚と自由恋愛結婚に注目し、その幸福度についても調査しており、この内容がとても興味深い。

気になる方は、ぜひご一読を。

ひとことでいうなら、豊富な選択肢も自由な自己選択も必ずしも幸福につながるわけではない、ということ。

自由選択は大事な権利だが、『傲慢と善良』の中でも、自分で選べる環境こそが結婚の視野を狭めているようにも読める。

なんでも自由に選べることで幸せが手に入るとは限らない。みんな”いいもの”が欲しいと考えがちだが、世間の物差しで測られる”いいもの”が自分の欲しいものと合致するとは限らない。

善良でいい子過ぎる私たちは、世間の価値観に振り回されて、自分が本当に欲しいもののビジョンを曇らせがちだ。

これは、結婚に限らず、進学や就職にも当てはまる。

誰かと一緒に生きたい。

自分と生きてくれる誰かと、家庭を持ちたい。

データ上では、優秀な婚活アプリを用いても、それは簡単なことではないらしいが、傲慢さと善良さを手放すことができれば、それほど難しいことではなさそうだ。

流れにのってのらりくらりと人生を進めるのも悪くないが、充実した人生を送りたければ、自分を知る必要がある、というとこなのだろう。

本をチェックする

辻村深月 傲慢と善良
朝日新聞出版
辻村深月 (著)

出版社 ‏ : ‎ 朝日新聞出版

発売日 ‏ : ‎ 2022/9/7

文庫本:504ページ

単行本 ‏ : ‎ 416ページ

この本もおすすめ

↓ 同じ作家の本を読みたいなら ↓