瀬尾まいこ『そして、バトンは渡された』〜人生には美味しいものと音楽が必要だ

この物語を読んで、ほっこりとあたたかい気持ちになる人は、いい家族に恵まれている人だろう。

家族の悩みを持つ人にとっては、支えてくれる人のいる穏やかな優子の日常が羨ましく映るかもしれない。

優子はごくふつうの、優しくて明るい17歳の女の子だが、育った環境はなかなか複雑だ。父親が三人、母親が二人いる。十七年間で名字が4回も変わるなんて、尋常ではない。

優子を産んだ母親は、優子が幼い頃に亡くなった。優子が小学生の時に父が再婚し、ふたりめのお母さん・梨花さんと出会う。

数年後、優子にひとつの試練が訪れる。思いがけない選択を迫られた優子は、実のお父さんと別れ、梨花さんと暮らす生活を選ぶ。

その後、いくつもの大人の事情があり、家族は減ったり、増えたりして形を変え、いまは血のつながりのないお父さん・森宮さんと暮らしている。

大人の都合で変わる複雑な家族の形だけに注目すれば、子どもを育てる環境としては不安定といえるのかもしれないが、優子の日々は穏やかであたたかい。

優子は、荒れても捻くれてもいないし、不良でもない。まわりに心配されるような厄介ごとや困難を抱えてもいない。うまくいかないこともあるが、乗り越える力も、支えてくれる人もいる。どこを切り取っても、よい人生だ。

子どもは家族を選ぶことができない。だれと暮らすか、どこで暮らすかは親の都合に左右される。子どもであるうちは、親や周囲の大人が決めたことに従うしかない。しかし、選べないことが不幸なのではない。

自分で家族を選んだって、苦しみはある。優子は、実の父親と暮らさないことを自分で選んだことで、小さな痛みを抱えている。

子どもに選択をさせるべきではなかった。正しい判断が、そのあと悔やまない判断が、できるわけがない。(本文より)

その通りだ。

子どもにとってよい家族とはなにか。

よい親であるために、私たちが成すべきことはなんだろう。

子どもにとって万能でありたいと親は願いがちだが、家族や子どものために本当にできることは、そんなにたくさんない。

少しでもいい人生を歩ませたい。

元気で楽しい毎日を送って欲しい。

子どもの幸せを願うささやかな希望の祈りは、実の父親である水戸さんからお母さんの梨花さんへ、そして、梨花さんからいまのお父さん・森宮さんへと渡されてきた。そして、ここから新しい家族へとつながれていく。

美味しいものと音楽は、人生を豊かにする。

と、風来坊の彼はいう。

これから先の人生で困難にぶちあたることがあるとしても、優子の日々は、希望の祈りに支えられ守られながら続いていくはずだ。

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そして、バトンは渡された
文藝春秋
瀬尾まいこ(著)

2019年本屋大賞受賞

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