『ぜつぼうの濁点』〜あぁこれが絶望というものなのか

ぜつぼうの濁点
  • このぜつぼうから抜け出すなんてムリと考えている人に、新しい居場所を見つけることだってできる
  • 原田宗典×柚木沙弥郎が描く
  • 小学校高学年・中学生の読み聞かせにも

この世の中に意味のない存在などあるのだろうか。

いや、ない。

例えば、オムライスの中のグリンピース(おうちで作るときは絶対に入れない)
それから鼻の横にぽつんと置かれた黒いほくろ。(しかもだんだん濃くなるのはなぜだろうか)
自分は何のためにここにいるのだろうか。

自分の存在意義に頭を悩ませているのは、なにも人間ばかりではない。

これは、自分の人生に嘆きぜつぼうのふちに立ったとある濁点が、自らのアイデンティティと向き合い、再生する物語である。

「ぜつぼう」の「せ」の字に長年仕えてきた「゛」である濁点もまた、ある日ふと、自分の人生に立ち止まる。

年がら年中、もうためだと頭を抱えてうなだれる主の「ぜつぼう」のそばで濁点は、はたと思う。
もしかして、ぜつぼうを絶望たらしめているものは自分の存在なのではないか。

なるほど、「゛」がなければ、「ぜつぼう」は「せつぼう」という、悪くない人生を歩めたはずなのに。

思い悩んだ末に濁点は、主の「ぜつぼう」に頼みこみ、自らを道端に捨ててもらった。

こうして、おだやかなひらがなの国の道ばたにぽつねんと置き去りにされた濁点。

仕える文字を持たない濁点に存在意義はない。

「゛」だけじゃ、読めないし。

主たるひらがなもなしに「゛」だけでいるなんて、そんな不手際があってよいものか。

どなたかわたしをもらってください、と頼み込む濁点だが、だれも見向きもしない。

そりゃそうだ。
ここは「や」行の町だもの。
濁点との相性は悪いと決まっている。

だれにも必要とされず、疎ましがられた「゛」を助けにきたのは、大きな「おせわ」。
どの世界にもこの類の者がいるものだ。
ちょっと他人とは思えない。

うまれたものはすべて、意味のない存在などない。

濁点の人生を変えたものはなにか。

ぜつぼうとの決別である。

これが自分の人生なのだから仕方がないと、ぜつぼうとともに生きる道もあった。

しかし、濁点は選んだのだ。

思うようにいかない人生に嘆くだけの日々と決別し、自分の存在意義を問う旅を。

まさに捨て身の覚悟で。

「し」の沼へ放り込まれた濁点が、深い悲しみの果てに、それでも生きたいとつかんだものこそが、彼が自分で見つけた居場所になる。

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よみきかせメモ

小学校高学年から中学生への読み聞かせで、私が一番読んでいるのがこの絵本だと思う。この絵本のテーマは、タイムリーに中学生に響くだろうと思うし、ひらがなを登場人物にするというこの絵本のシンプルさや、柚木沙弥郎さんの描くひらがなの個性の豊かさ、言葉のリズム、すべてにおいて読み聞かせ絵本として完璧である。

私はこの絵本が好きでよく読み聞かせているが、それだけでは飽き足らず、10代への読み聞かせの絵本選びが難しいという人に、この本をじゃんじゃん推薦している。みんながこの本を読み聞かせしたらいい、と思う。それほどに、この本を多くの中学生に届けたいと思っている。

ただのこの絵本のファンなのである。

この絵本はユーモラスでありながら、明るい物語が読みたい人だけでなく、なんだか落ち込みたい人にもしっくりくるのだから、最強だ。

とにかく、高学年や中学生、高校生に、なんとなくそれっぽい本を読み聞かせしたいという人に、ぜひおすすめである。ここまで言われるとどんな絵本なのか、気になって仕方がないことでしょう。よろしければあなたもぜひ一度、手に取ってごらんください。

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著者:原田 宗典 (著), 柚木 沙弥郎 (イラスト)
出版社 ‏ : ‎ 教育画劇
発売日 ‏ : ‎ 2006/7/1
大型本 ‏ : ‎ 32ページ

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