湯本香樹実『ポプラの秋』

ポプラの秋 (新潮文庫)
新潮社
湯本 香樹実 (著)

文庫: 218ページ
出版社: 新潮社
発売日: 1997/6/30

  • 小学校高学年から大人までおすすめ。
  • なにかを失った悲しみからうまく立ち上がれない時に、心があたたかくなる小説
  • 『夏の庭』の著者・湯本香樹実さんが描く、だれかを失った悲しみから心を回復させていく物語。

人生とはある日突然に何かを失う。道を歩いていると、ふたのあいたマンホールにすっぽりと落ちてしまうように、この世界に確かにあったはずのものが、ふいに消滅する。いったいどこへ行ったのか。どうして急にいなくなってまったのか。どんなに考えても答えは出ない。心を覆う不安は消えるのだろうか。

『ポプラの秋』は、父の突然の不在により不安定になった母と小学1年生の千秋が、新天地のアパート「ポプラ荘」の大家さんに見守られながら、心を回復させていく物語である。

本の紹介

千秋が小学1年生になってすぐ、お父さんが交通事故で突然、死んでしまった。その年の夏に、千秋は母とふたりでポプラ荘に引っ越した。ポプラ荘の庭には電柱よりも高いポプラの木があった。ポプラの木は、時折、かすかな上空の風に葉をゆさゆさと揺らし立っていた。ポプラ荘の1階には大家のおばあさんが、ひとりで住んでいた。深いしわのある広々と丸くせり出したおでこ、しゃくれたように突き出した顎、歯は下の前歯が三本だけ。大家のおばあさんの顔はポパイにそっくり。映画では中村玉緒さんが演じたおばあさん役だが、千秋は、おばあさんの印象を「あやしい薬を飲んで悪者になってしまったポパイ」と表現している。

千秋は熱を出し休んだあと、体調を崩して学校を休みがちになった。大家のおばあさんは、仕事へゆくお母さんに代わり、学校を休んだ千秋の面倒を見てくれるようになる。ポパイによく似たお婆さんをはじめは怖いと思っていた千秋だが、一緒に過ごす時間が増えるにつれて、おばあさんへの警戒心はほどけていった。そして、おばあさんは千秋にある秘密を打ち明けた。

 自分は手紙を届けるのだ、とおばあさんが言った時、私の頭の中を赤いスクーターに乗ったおばあさんが横切った。
「郵便屋さん?」
おばあさんは座椅子の上で背をまるめて、ふふふ、と笑った。
「あの世のさ」
「え」
「あの世の郵便屋。あたしがあっちへ行く時に、こっちから手紙を運ぼうってんだよ」
おばあさんは「ここんとこ雨が降らないから……」と言いながら、ちり紙で鼻のあたりをもそもそやっている。私はくずかごを引き寄せると、おばあさんの手元においた。かちかちに乾いた鼻くそをくるんだちり紙を、捨てさせられるのがいやだったのだ。
「あの世にいる誰かとね、たとい心底繋がってると思ってたって、違うものだよ、手紙を届けてもらえばね」

おばあさんは、箪笥の一番上の抽斗しには、いろんな人から預かった「あの世行き」の手紙がつまっているのだと言った。千秋も、お父さんに届けてもらうために手紙を書きはじめる。

青々としたポプラが秋になり黄色く色づく、冬に裸のになったポプラの枝にも、新しい春には、小さな緑の葉が姿をあらわす。季節がめぐるように、悲しみはいつまでも同じ悲しみのままではない。おばあさんはそのことを知っている。

タイトルに秋をうたっているだけあって、登場する食べ物がどれも美味しそう。ポプラの葉を集めた火で作る焼き芋、おばあさんのとっときの豆大福、おばあさんが毎日すすってるどろどろのカブの味噌汁だけは、血圧が上がりそうだけど。

この物語には、心の回復に必要なあらゆるものが詰め込まれている。めぐる時間と十分な休息、見守ってくれる人の存在、ちょっとしたきっかけ、それから美味しい食べ物。

映画原作

2015年9月劇場公開
【監督】大森研一
【キャスト】中村玉緒、本田望結、大塚寧々

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小学校高学年・中学生からおすすめ。大人の方にも読んで欲しい。

ポプラの秋 (新潮文庫)
新潮社

湯本 香樹実 (著)

出版社 ‏ : ‎ 新潮社
発売日 ‏ : ‎ 1997/6/30
文庫 ‏ : ‎ 218ページ

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