ラーラ・プレスコット『あの本は読まれているか』〜文学にはイデオロギーを変える力がある

文学には力がある。

イデオロギーを生み出し、あるいは、崩壊させるほどの強い力が。

ラーラ・プレスコット『あの本は読まれているか』は、文学もつ真実の力と、時代のうねりの渦に巻かれながらも信念を貫き、強くしたたかに生きる女性たちの姿を描く。

インテリとは、人々のイデオロギーを長い時間をかけて変えていくという長期戦を支持する者ということだ。そして、彼らは文学がそれを成し遂げられると信じていた。

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本紹介

第二次世界大戦ののち、世界はアメリカを中心とする資本主義の(西)とソビエト連邦(現ロシア)を中心とする共産社会主義の(東)のふたつに分かれていた。それぞれが自分たちを正義と疑わず、他方の主張に対して、自分たちの社会を破滅させうる危険因子とみなしていた。

直接に戦火を交えないことから、冷たい戦争、冷戦時代と呼ばれている。

1950年代ソ連、ひとりの女性が政府に捕らえられた。彼女の名前は、オリガ。詩人ボリス・パステルナークの愛人であり、彼の執筆にインスピレーションを与えるミューズ。政府は、ボリスの反国家的活動の証拠を掴もうとしていた。オリガは、彼の書いている小説について語ることを拒み、収容所へと送られてしまう。

同じころアメリカでは、ロシア移民の女性・イリーナが、タイピストの職を求めてCIAにやってくる。そこで、スパイの素質を見出されたイリーナは、表向きはタイピストとして働きながら、ある極秘任務を遂行するために特殊訓練を受けることに。

その極秘任務に使われる武器は、原子爆弾でも銃でもない。

CIAが注目したのは、ボリス・パステルナークによって書かれ、ソ連では出版禁止となっている小説『ドクトル・ジバゴ』!

オリガは、この小説について胸の内にこう語る。

この小説は、ロシア革命に批判的で、社会主義リアリズムを拒絶し、国家の影響を受けずに心のまま生きて愛した登場人物たちを支持していた。

だからといって、たかが、一冊の本に国を揺さぶるほどの力があるのだろうか、とあなたは思うかもしれない。

本はページを閉じたままでは大した武器にはならないが、本の中には、人の心を燃やしつき動かす言葉の暗号が隠されている。

それは、自分の置かれた場所を知る地図となり、進むべき先を照らす松明となり、孤独に寄り添う頼もしい友となる。

読む者が手に入れるのは、簡単に折れることのない信念だ。

文学には心を動かし、人々に影響を与える強い力がある。

とはいえ、いかに優れた文学でも、人々に読まれなければ、その力は発揮されない。

小説では、登場する女性たちの生きざまにも注目したい。スパイとして活躍するイリーナやサリー、作家を支えるオリガやジナイダ、そして、名もなき多くのタイピストとセクレタリー(秘密を委ねられる者)。

生き方はそれぞれ。みな、迷い挫かれながらも、信念を貫き生きる、清々しいたくましさがある。

あれからもう半世紀。

「社会から女性の役割を押し付けられるような時代はもう終わった」と言い切れないのが残念だが、確実に、そのフィールドは広がっているはず。

冷戦と文学

小説の背景にある、東西の冷戦について少し知っておくと、より、この本を深く味わえる。

冷戦時代は、第二次世界大戦終結直前の1945年2月(ヤルタ会議)から1989年12月(ゴルバチョフとブッシュによる冷戦終結結宣言)までのおよそ44年間におよぶ。

世界は、アメリカを中心とする資本主義の(西)とソビエト連邦を中心とする共産社会主義の(東)に二分化されていた。直接攻撃し合うことはないが、いつ戦争が勃発してもおかしくない緊張状態にあった。

ボリス・パステルナークの『ドクトル・ジバゴ』の出版は1957年。ロシア革命の混乱に翻弄される医師ユーリー・ジバコの波乱に満ちた生涯をつづっている、そうだ。(すみません、未読です)のちに1965年には映画化もされ、世界中に知られている作品、だそう。(すみません、こちらも初耳)

このドラマチックな小説『ドクトル・ジバゴ』にまつわるストーリーにもまた、人々の心をつかむ壮大なドラマがある。

ソ連の社会体制をありのままにつづり、ロシア革命の批判ともとれるこの作品は、ソ連では出版することができなかった。

1957年にイタリアでこの本が刊行されると、瞬く間に世界に広がり、翌年には、ノーベル文学賞が授与されることとなる。しかし、パステルナークはソ連追放を恐れ、受賞を辞退する。(辞退は認められず、授与される形となっているそう)

冷戦時代を生きていた人は、こうした前知識がなくても「そんなことがあったとは、なるほど〜」と読み進められそうだが、全く知らない世代は、Wikipediaで冷戦、ドクトル・ジバゴ、パステルナークなど、さっくり調べてから読みはじめると、ストーリーが入りやすいかも。

冷戦時代には、政府の監視の下で、思うままに創作活動ができなかった作家は多い。そんな中で、信念を貫き、作品を書き上げた作家とそれを支え、世に送り出した人たちの情熱と勇気は、時代を超えて私たちを支え続ける。

受賞歴など

・この本の最初の章をもとにした作品“Aedinosaur”で、クレイジーホース・フィクション賞を受賞。

・2020年エドガー賞最優秀新人賞にノミネート

・本屋大賞2021翻訳部門第3位

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あの本は読まれているか
東京創元社
ラーラ・プレスコット

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