凪良ゆう『流浪の月』~中途半端な理解と優しさでわたしはもう窒息しそうだ

凪良ゆう『流浪の月』

あなたにとってたいせつなのは、あなたがあなたであること。

絵本『たいせつなこと』のなかで、マーガレット・ワイズ・ブラウンはこう綴る。

ありのままの自分であること、そんなシンプルなことがなぜか難しい。社会に生きていると、どうしょうもなく孤独に置かれることがある。自分のことなのに、自分ではどうしようもないのだ。

流浪とは、さすらうことを意味する。この世の中に、根を張る場所を持たない人たち。

更紗は、ランドセルではなく空色のカータブルを選ぶような女の子。気が向いた時しか料理をしない母、そんな母を甘やかす父、たまにアイスクリームが夕食になることもある。まわりからは、浮世離れしていると言われるような家族だったかもしれないが、更紗は変わり者扱いされることなどまったく気にしていなかった。

お父さんとお母さんがやばい人でも、わたしはふたりが大好きで、やばいことになんの不都合も感じなかった。

(本文より)

更紗は、仲の良い家族のことが好きな、ふつうの女の子だった。

ところが、不遇に襲われ、幸せは脆く崩れる。家族との訣別、見知らぬ街での叔母家族との暮らし。置かれた環境はがらりと変化し、その生活は少女を追い詰めていく。

小さな不快が積もり、叔母さん宅の居心地が悪くなっていくにつれ、わたしは態度を改めざるを得なくなった。わたしの常識は叔母さんの家の非常識である。孤立無援の環境で、たったひとりで旗を振り続けられるほど、わたしは強くなかった。

更紗は抗うことをやめた。少しでも痛みをやわらげるために、”常識のある子ども”のふりをすることを選ぶ。

その後、ひとりの青年・文(ふみ)との出会いがきっかけとなり、更紗はとある事件の”被害者”となる。

世間が知っている事件は、真実とは異なる。真実を隠し”被害者”となったことで、更紗は自分を守った。それと引き換えに、青年に罪を負わせてしまった重い十字を、少女は背負う。

もともと文の人生は歪ではあったけれど、それを破壊し尽くしたのはわたしだ。

(本文より)

15年の歳月が流れ、少女は大人の女になった。

大人になっても、彼女は”被害者”としての”かわいそうな女の子”のイメージはついてまわる。まわりから押しつけられる被害者像に違和感を感じながらも、彼女もまた、それを受け入れていた。

そんなある日、偶然に、事件の加害者となった元青年・文と再会する。

文との再会で、更紗はほんとうの自分の姿を思い出す。文の記憶の中に残る、我儘で自由だった幼いころのありのままの自分。そして、自分が息苦しさの中にあったことを。

常にかわいそうな人であるかぎり、わたしはとても優しくしてもらえる。世間は冷たくない。逆に出口のない思いやりで満ちていて、わたしはもう窒息しそうだ。

(本文より)

わたしはあなたたちから自由になりたい。中途半端な理解と優しさで、わたしをがんじがらめにする、あなたたちから自由になりたいのだ。

(本文より)

こんなに思いやりがあふれている世界で、これほど気を遣ってもらいながら、わたしは絶対的に分かり合えないことを思い知らされるばかりだ。

(本文より)

家族を失った更紗とって、文は、本当の自分を知る唯一の存在だった。父がいて母がいて、大好きな家族と過ごしたありのままの自分。文は更紗が、本当の自分を取り戻すための鍵となる。

文との再会でありのままの自分を確認し、本来の自分を解放していく更紗。一方で、文の苦しみは、まだ癒されていないことを知る。この救われなさをどうしたらいいのだろう。(中略)
わたしはわたしのことで精一杯で、そんなわたしが初めて、誰かを救いたいと願ってる。

(本文より)

明かされる文の秘密。更紗は、自分の無力さを突きつけられながらも、文のために動き出す。

わたしたちは親子でなく、夫婦でなく、恋人でもなく、友達というのもなんとなくちがう。わたしたちの間には、言葉にできるようなわかりやすいつながりはなく、なににも守られておらず、それぞれひとりで、けれどそれがお互いを、とても近く感じさせている。

(本文より)

ふたりの再会から、物語を一気に読み終えて、はっきりと言える。ふたりは一緒にいるべきだ。

ありのままの自分で呼吸できる場所が、
わたしたちには必要だ。

優しさを拒絶し切り捨てることに罪悪感を感じるとしても、本当に守るべきものを見失わずにいたい。

これは決して特殊な人たちの話ではない。
世の中は、そんな「あなた」を尊重し、受け入れてくれる優しさに溢れているが、暗黙の圧力のような価値観に抗えず、押しつぶされそうな息苦しさの中にいる人は少なくない。そうした人に手に取って読んで欲しいのはもちろん、自分もまた、社会の蓑をかぶり誰かに息苦しさを押し付けていないか、という視点でも読みたい。

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おすすめポイント(受賞歴など)

  • 2020年本屋大賞受賞作
  • 2022年実写映画化(監督:李相日)

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流浪の月
東京創元社
凪良 ゆう (著)

装幀:鈴木久美
出版社 ‏ : ‎ 東京創元社
発売日 ‏ : ‎ 2019/8/29
単行本 ‏ : ‎ 320ページ

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