「あなたにこの物語の犯人はわからない」 ― 中山七里
佐藤健と阿部寛が主演で映画化され話題となった。読んでみようと思ったのは、映画のCMを目にして、骨太なミステリーが読めると期待したからだ。
事件の真相に引き込まれるとともに、社会に翻弄される登場人物たちの心情に心を揺さぶられ、期待以上の一気読みだった。
映画をまだ観ていないが、CMのおかげで、本を読む前から、この小説が取り上げようとしているテーマやおおよそのストーリー展開をわかったようなつもりでいたが、実際にページをめくり読み始めてみて、「知っているつもり」の無知さを突きつけられた。
小説では、生活保護制度を軸に「貧困と犯罪」をテーマとして取り上げている。
生活保護制度は、生活に困窮する方に対し、その困窮の程度に応じて必要な保護を行い、健康で文化的な最低限度の生活を保障するとともに、自立を助長することを目的としている。(※1)
資産や能力等すべてを活用してもなお生活に困窮する方を対象とし、住まいのある地域の福祉事務所が窓口となっている。(※1)
支援の必要な人は少なくないが、予算は限られており財源に余裕はない。
また、中には悪質な受給者もいて、対応・審査する側の職員の普段も大きい。
小説では、この制度の現状や問題点に深く切り込んでいる。この制度に期待し裏切られ振り回される人々が抱える苦しみや憤り、そして怒り。一方で、職員もまた、苦悩や葛藤を抱えている。
「真っ当な社会保障が施されていたら、起こらない事件がたくさんある」
確信をついた率直な言葉だと思う。
真っ当な正義とはどうあるべきなのか。
社会保障システムは見直しの必要があるのだろうか。
小説に描かれるような凄惨な事件はめったには起こらない。だが真っ当な支援が得られないために、命を落としてしまう人は、少なくない。ニュースにならないだけで、そうしたケースは、身近にある。
ミステリー小説では、最後に事件の真相が暴かれる。しかし、真相に近づくほどに、この事件のはじまりがどこにあるのか、どうしたらこの事件を食い止められたのか、本当の”悪”はどこにあるのか、わからなくなる。
中山七里が言うように、最後まで読んでも、やはりわたしには、この物語の犯人はわからない。
ただ、この小説がどうしても伝えるべきメッセージは強く心に響いた。
護られるべき人たちよ、どうか声をあげてください、もっと大きく図太く。
行政はこの声をしっかりと聞き、しっかりと掬い上げなければならない。
本の紹介
廃墟のような空き家の一室で、遺体が発見された。手足や口の自由を奪われた状態で放置されてており、死因は餓死だった。
遺体の身元は、仙台市の保健福祉事務所課長・三雲忠勝。
だれに話を聞いても、三雲は善人で、人に恨まれるような人物ではない。物獲りの可能性も低く、証拠も動機も掴めずに捜査は難航する。
そんな中、第二の殺人が起こる。やがて、ふたつの殺人にある共通点が浮かび上がる。
同じころ、ひとりの男が、刑務所から仮出所していた。大震災から4年、刑務所の中で震災を経験した男にとって、仙台の町も変わっていた。男はここで、仕事を探しながら、ある人物の行方を追っていた。

おすすめポイント
仙台を舞台にした物語との依頼があり、生活保護と東日本大震災を大きなテーマとして執筆された社会派ミステリー。
映画化
2021年10月劇場公開。小説では震災の4年後を舞台としていたが、震災の9年後へ設定変更している。第46回報知映画賞作品賞、第45回日本アカデミー賞優秀作品賞ほか多数映画賞を受賞。
【監督】瀬々敬久
【キャスト】佐藤健、阿部寛、清原果耶、林遣都、永山瑛太、緒形直人ほか
【主題歌】主題歌:桑田佳祐「月光の聖者達ミスター・ムーンライト」
本をチェックする
2016年~2017年『河北新報』など全国14紙にて連載
2018年1月25日NHK出版より単行本として刊行
2021年加筆修正し、文庫本として刊行
タイトル:護られなかった者たちへ
著者:中山七里
出版社 : 宝島社
発売日 : 2021/7/21
文庫 : 477ページ