雷鈞『黄(コウ)』~自分はいったい何者なのか

雷鈞「黄コウ」表紙

自分はいったい何者なのだろうか。だれもが抱く疑問だが、頭を悩ませているだけでは、その答えは見えてこない。大事なのは答えを知ることではなく、自分で見つけることなのかもしれない。これは中国を舞台にした壮大なミステリーであるとともに、ひとりの青年のアイデンティティの物語である。

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中国文明のルーツ黄土高原へ

ベンヤミン(阿大)は中国の孤児院で育ち、いまは裕福なドイツ人夫婦の養子として暮らす十九歳の青年。遺伝性の病気で生まれつきの盲目であるが、ドイツでは不自由のない生活を送っている。抜け落ちた視覚を補うため、ベンヤミンの聴覚、嗅覚、触覚、そして第六感である直感は、普通の人よりも鋭く、周囲の様子を機敏に感じ取る能力に長けている。

この夏、ベンヤミンは中国への旅を計画していた。

きっかけは、中国・黄土高原の小さな村で起こった事件だ。おだやかな夕暮れ、六歳の少年・小光が姿を消した。発見された時、小光の両目の眼球はくり抜かれていた。少年は一命を取り留めたものの、永遠に視力を奪われた。この残忍な事件は世界中のメディアで報じられ、人々は憤怒し、世界中から少年に励ましの声が届けられた。

ベンヤミンは、旅の同行者であるインターポール捜査員・温幼蝶(ウェンヨウディエ)とともに中国へやってきた。目的はふたつ。突然に視力を失った幼い少年を励ますこと。そしてもうひとつの目的である、事件の真相を明かすために、舞台となった中華文明の発祥の地と言われる黄土の村へたどりつく。

いったいだれがどんな目的でこんな事件を起こしたのか。いったいどんな理由で人は、たった六歳の子供を傷つけられるのか。(ちなみに、この事件は2013年に山西省で起きた実在の事件をモデルにしている)

”男児眼球摘出事件”の真相に少しづつ近づいていくベンヤミン。盲目であるということは必ずしもハンディキャップではないらしい。ベンヤミンは盲目だが、彼の文章は風景を繊細に表現されていて、細かな情景まで思い描くことができる。足の裏に感じる小石や砂利のでこぼこ、舞い上がる土ぼこりをのせた風、熱い大豆の匂い。彼の文章の隅々にベンヤミンの細やかさや柔らかさが感じられる。視界以外の研ぎ澄まされた感覚と推理力で、事件の真相に近づくおもしろさが味わえる。

男児眼球事件の真相を解明する現在と孤児院で育ったこれまでの過去を流れるように行ったり来たりして物語は進む。ひつとの章のおわりの一文の中に置いたキーワードを、次の章のはじまりの一文の中に含むことで、読み手は現在から過去、そして過去から未来へと自然に時間を飛び越える。

事件の真相が暴かれるとき、ベンヤミンが見つけたもうひとつの真実にきっとあなたも驚くはず。

暴力的な方法で誤りを正すのは、自分が自分ではないことをむりやり受け入れさせるのと同じで、精神の病に発展することが往々にしてある。永遠にその秘密を守る以外に、もう一つ方法があるーそれは、きみ自身が秘密を推理することだよ。

本文より

見えること、聞こえること、私たちは情報を入手する能力に長けているかもしれないが、思い込みで解釈するような早とちりは避けたいもの。与えられる情報から知ることができるのは、わずかな一面に過ぎないことも、しっかりと覚えておきたい。

心のなかの信念に従って線を引くのが当然……そうだろうか?
違うに決まっている。僕たち人間は、線を引かれるべきじゃないんだから。

本文より

事件の謎もアイデンティティも、自分で手に入れたものだけが、自分のものになる。読み終えたあと、あなたもきっと黒と黄色の表紙の鮮やかさと絶妙さにしばし見惚れるはず。

受賞歴など

第四回(2015年)噶瑪(かば)蘭(らん)・島田荘司推理小説賞を受賞

島田荘司推理小説賞とは、中国語で書かれた未発表の本格ミステリー長篇を募る文学賞。2009年に台湾の皇冠文化出版有限公司が島田、創設。応募作は台湾のみならず、香港、中国、カナダ、マレーシア、イタリア、イギリスなど世界各地から寄せられた。受賞作は台湾、日本のほか中国、タイ、イタリアなどでも刊行。

第4回は主催が金車教育基金会となり、噶瑪(かば)蘭(らん)・島田荘司推理小説賞、第5回からは金車・島田荘司推理小説賞と名称を変更。

この本がおもしろかったので、他の受賞作品も読んでみたい。

本をチェックする

中国ミステリーなんて、これまで読んだことがあっただろうか?読んだこともないくせに、勝手に堅苦しいイメージを持っていたが、予想スタートから惹きこまれて一気読み。中学生から読めます、高校生におすすめしたい海外ミステリー。

黄
文藝春秋
雷 鈞(著) 稲村 文吾(翻訳)

出版社 : 文藝春秋
発売日 : 2019/7/24
単行本 : 284ページ

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