嫌いなものが好きになるという恐怖!?~貴志祐介『天使の囀り』

「あれっ!えり子ってトマト大嫌いじゃなかったっけ?」

えり子がトマトスープを注文した時から利香は何か違和感を感じていたが、目の前でそれをグビグビと飲み干されて初めて違和感の正体に気付いた。

確かにえり子はトマトが大嫌いだったはずだ。それは彼女の親友である利香も嫌というほど聞かされてきた。

「それがね。ちょっと前からトマトがものすごくおいしく感じてきちゃって。もう今は毎食トマトが欠かせないくらいになっちゃって・・・」

この衝撃の告白を聞かされた利香も、始めのうちは、そんなこともあるもんなんだと軽く考えていたものだが、やがて最近読んだ1冊の本のことを思い出した。

「天使の囀り」は、死恐怖症だった男がある日突然自殺をしてしまったり、動物をとても嫌っていた人が自らライオンに近づいて食い殺されてしまったりなどという不可解な謎を解き明かしていくといった内容のミステリー小説だった。この本で怖いところはまさに今のえり子と同じように、嫌いだったものに魅せられていく人間の姿である。

「えり子。最近変わったこと起こったりしてない?トマトを食べたい欲が止まらなくなったり」 急にえり子が心配になった利香は慌てて質問した。

「どうしたの利香。全然そんなことないけど」

利香は自分が読んだ小説のことをえり子に話した。
えり子は「なんだそんなことか」と納得した様子で、
「利香はたまに小説の世界に入り込んじゃうときあるもんんね」と付け加えた。
急に恥ずかしくなった利香は、「帰ろうか」と言って席を立つ。

このときの利香は気づいていなかった。

えり子のカバンの中が赤い野菜で埋め尽くされていることに。

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文庫: 526ページ
出版社: 角川書店(角川グループパブリッシング)
ISBN-13: 978-4041979051
発売日: 2000/12/8

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