住野よる『よるのばけもの』

  • 中学生・高校生に人気の作家住野よる第3弾
  • 生き苦しさの中で葛藤する中学生を描く

本紹介

ある日、俺は突然化け物に変身した。

うぞうぞとうごめく黒い粒が体中をおおいつくし、骨も肉も皮膚もすべてが黒い粒と同化し体の形を変える。

六つの足、八つの目、開いた口の奥は底がないように暗い。

その姿はおぞましいものだろう。

ある夜、思いつきで化け物の姿のまま学校に行ってみた僕は、教室でクラスメイトの矢野さんに会った。

矢野さんは、なぜか変身しているはずの僕の正体にすぐ気づいた。

「あっちー、くんだよ、ね」

空気が読めない矢野さんは、クラスでは浮いた存在で、ある理由からクラス全体から無視されいじめられている。そんな矢野さんがこんな時間に、なぜひとりで教室にいるのか?

彼女は「夜休み」をしているのだと言った。

「じゃあ、この話はまた、明日」

その夜から、化け物の僕と矢野さんは夜の学校で「夜休み」の時間を過ごすことになった。

昼の学校では、クラスのみんなと一緒にいつものように矢野を無視して過ごし、夜の学校では、他愛のない話で矢野さんと親しくなってゆく。
いつしか僕は学校の息苦しさを無視できなくなってゆく・・・。

教室の息苦しさの中で

主人公の少年は、昼と夜でふたつの違う姿を持つ。

教室のみんなから「あっちー」のニックネームで呼ばれている昼の「俺」と、

夜の学校で矢野さんの前でだけ見せる化け物の「僕」。

少年は、ジキルとハイドのように、自分の中に異なる「自分」を持っている。ジキルハイドと違うのは、少年はふたつの異なる人格を認識し、それを意図的に使い分けている点にある。

自分の中に自分とは違う「キャラクター」を育てているのは、この少年に限ったことではない。

筑波大学大学院人文社会科学研究科教授で社会学者の土井隆義氏は著書『キャラ化する/される子どもたち』の中で、「優しい関係」の中でそこから排除されることに怯える現代の子どもたちの現状について述べている。

教室の中で大切なことは「自分」の立ち位置を見誤らないこと。そこからはみ出しさえしなければ、安全に生きられる。

集団の中で求められているキャラクターからはみ出さないように必死に「自分」というキャラクターを演じている。キャラクターを演じることで、社会から受け入れられるという安心感を得る一方で、うまく演じられなくなった時に排除される怖さに神経をすり減らしている。

彼らの生きる現実世界は、細いロープの上をつま先立ちで進む綱渡りのような危うさを抱え、そこから踏み外してしまうが最後、いとも簡単に居場所を失う怖さといつも隣り合わせだ。

彼らの中にあるのは常に「集団」の中の自分である。

そうして「自分」を守ってきた少年が、昼の自分とは違う姿で訪れた夜の学校。

そこで出会ったのは、昼の学校で出会うのと何ら変わらない「矢野さん」。

そこには「矢野さん」と「自分」だけがいる。

そこには集団はいない。

昼の自分ではない「化け物の自分」で「矢野さん」と一対一で向き合うとき、はじめて少年は「自分」と向き合うことになる。

夜のばけものである「僕」が見せる感情は、「集団」の価値観から逃れた本当の自分だけのもの。そこには少年が本来持つ優しさや素直さがある。

昼の「俺」が演じるクラスの一員としての振る舞い。それは息苦しくて生きづらい、としても、自尊心は守られる。

ある時、少年は気づく。

矢野さんは「キャラ」を演じたりしない。ありのままの自分でしかない矢野さんと過ごす「よるのばけもの」である僕が、昼の俺を揺さぶりはじめる。

正しく毎日を生きる。交通事故にあわないように注意することよりも簡単だ。自分がするべきでない行動だけ、しないでおけばいい。

いつまで続くか、なんてここでは考えることじゃない。

守らなくちゃいけないのは、ここで普通に登校出来て、授業を受けられて、休み時間を得られる、自分の居場所だ。

押し込めたはずの「自分」に揺さぶられた僕が、自分でなにかを選び葛藤する姿に胸が押しつぶされそうになる、生きぐるしさの中でもがく中学生を描く青春小説。

この物語は、終わりをもたないオープンエンドの形で閉じられます。本の中で描かれなかった、彼らのその後はどんなものになるのか、想像すると胸がちくりと痛むような思いもします。

あなたなら最後の僕の行動をどのようにとらえるか、読者に判断を委ね、心に問いかけるような苦しさがある、住野さんの作品の中で一番おすすめしたい小説です。

教室に息苦しさを感じているあなたに、おすすめです。

本をチェックする

『よるのばけもの』は高校生の朝読書に読んだ本にランクイン。住野さんは、これまでに出版した4作品がすべてランクインしたほか、上位3位を独占するほど、高校生に人気の作家さん。4つの作品の中では『よるのばけもの』が朝読書ランキングでは一番順位が低かったですが、わたしが1冊おすすめするならこの作品です。

著者プロフィール

住野よる
デビュー作『君の膵臓をたべたい』がベストセラー。
瑞々しい文章で若者の心情を描く、いま10代に人気の作家さん。
趣味は音楽鑑賞
【受賞歴】
『君の膵臓をたべたい』2016年本屋大賞第2位

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デビュー作『君の膵臓をたべたい』がベストセラーとなった作家・住野よるさん。その後、次々と小説を発表。青く甘酸っぱい10代の心情を瑞々しく描い...【続きを読む】