角田光代『紙の月』~一億円横領事件の犯人は普通の主婦でした

角田光代『紙の月』
  • 角田光代が女を描くミステリー
  • 第25回柴田錬三郎賞受賞
  • 映画・ドラマ化された話題作

 女を一億円もの横領に駆り立てたもの

この物語の主人公である梅澤梨花は、ずっとこう思っていた。
いまの私は、私の一部でしかない、と。
平凡な主婦であったはずの梨花を一億円もの横領に駆り立てたものは何だったのか。

契約社員の梅澤梨花は銀行から一億円横領して、海外に逃亡した。

元同級生の岡崎木綿子は思う。ニュースで報じられている梅澤梨花は、本当にあのおろしたての石鹸のような美しい少女だった垣内梨花なのだろうか。

元恋人の山田和貴は思う。

もしあの「無欲な」梨花と結婚していたら、生活はもっと楽しかっただろうか。

かつて仲のよかった中條亜紀は思う。

梨花は大金をなににつかったのだろう。

何を買い、何を手に入れたのだろう。

あるいは何を買おうとして、何を手に入れようとしたのだろう。

この物語の主人公である梅澤梨花は、ずっとこう思っていた。
いまの私は、私の一部でしかない、と。

平凡な主婦であったはずの梨花を一億円もの横領に駆り立てたものは何だったのか。

お金で買えないものはない

ある部分では予想どおりの展開で、謎らしきものも、驚愕の真実もない。
でもこれってミステリーでしょう。

この社会では、誰でもが見えない線を引き、そこに守られるように私たちの生活がある。線の数や基準は様々で、それは各々の生きていく上でルールでもある。それが、何かのきっかけで(いや明確なきっかけなどないのかもしれないが)すこしずつ何かが狂って、その線が見えなくなる。その時にはすでに超えてはならない線を、踏み越えてしまっているのだろう。

客観的に読んでいるはずのこちらでさえ、スリリングな展開に引きこまれていて、気がつくと心は資金繰りに奔走している。

はて、「そっちに行っちゃダメでしょ」って彼女を抑えるべきポイントはどこだったっけ?

いつの間にか、わたしも彼女と一緒にその線を踏み越えてしまったのかもしれない。

お金がなくても幸せは見つかるなどと、陳腐で非現実的なことは言いたくない。お金がなければご飯も食べられないし、生活することはできない。一方で、お金は商品と交換するためのただの価値としての存在でもある。

私たちはお金を商品と交換して生活している。言い換えると、お金と交換した時点で、すべてが商品となる。愛情・尊敬・時間・羨望・優越感…。悲しいかな、この世でお金で買えないものはない。

でも、支払った価値で表現できる愛情や尊敬は、やっぱりそれだけの価値しかつかないのだろう。

原作とは違った視点もあり、原作、映画ともにおすすめ。

映画「紙の月」

2014年劇場公開。
【監督】吉田大八
【キャスト】
梅澤梨花:宮沢りえ
平林光太:池松荘亮
梅澤正文:田辺誠一
隅より子:小林聡美
多方面から好評価を得た作品です。特に主演の宮沢りえさんは、第38回日本アカデミー賞最優秀主演女優賞、第28回山路ふみ子映画賞女優賞ほか、多数の賞を受賞。この作品が、宮沢りえさんを代表する映画のひとつになりました。

ドラマ「紙の月」

2014年NHKにて全5回放送。
【脚本」篠﨑絵里子
【キャスト】原田知世、満島真之介、三石研

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文庫: 359ページ
出版社: 角川春樹事務所
発売日: 2014/9/13

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