朝比奈 あすか『君たちは今が世界』 ~こんなものは、全部通り過ぎる

朝比奈あすか「君たちは今が世界」表紙

この本を読み終えて私の中に浮かんだのは「スイミー」だ。レオ・レオニによる、小さなかしこいさかなのはなし、である。

広い海の中、なかよく暮らす小さなさかなたち。
赤い魚ばかりの中で、一匹だけ真っ黒な魚がいた。それがスイミー。
大きな魚に食べられないようにかくれて暮らすみんなに、スイミーは、みんなで立ち向かうことを提案する。
小さな魚が集まって一匹の大きな魚を描き、黒い魚のスイミーが目となり泳ぐシーンは、この絵本の見どころである。

この絵本が伝えるのは、世界のすばらしさ。小さな魚が、知恵と勇気をもって大きな敵を追い払い、自分たちの世界を切り開いていく姿は、実に爽快だ。

ちなみに「君たちは今が世界」と「スイミー」に描かれている物語は随分と違う。でも、わたしには、どちらも子どもたちが、自分の場所を守るために戦おうとする姿が重なって見えた。

本の紹介

「君たちはいまが世界」は、どこにであるふつうの小学校の六年三組の物語。
若いけれど、おばあちゃんみたいな担任・幾田先生を、子どもたちは”ニクタ”と呼び、日々、先生への不満や反発がくすぶっている。
そんな中、調理実習の時間に、洗剤を混入させるというイタズラが決行される。

名乗り出ない犯人、真実を知りながら沈黙し、自分たちは教育委員会や少年法で守られているのだと主張するクラス。

ついに幾田先生は教室を突き放つ。

ゆるやかに学級崩壊していく教室で過ごす、4人の子どもたちがこの物語の主人公。
いじられキャラ、優等生、『問題児』、クラスの女王の親友。
それぞれの視点から見える教室は、微妙なバランスの上に成り立っている。

同じ年に生まれ、同じ地域に住む子どもたちがひとつの場所に集められ、「あなたたちはクラスメイトですよ」と言われ、1日の大半を共にすごす。教室にいる間は、ほかの世界を選ぶ権利はない。そこを「自分の世界」だとして、うまくやっていくしか選択肢はない。

環境も価値観も異なる人間がひとところに集められ、長時間拘束される。そもそも教室には不安定な危うさが潜む場所だと思っている。

物語の中で子どもたち見せる反抗の行動は許されるものではないが、その行動にも意味があるように見える。私には、スイミーたちが、大きな魚を追い出そうとしたように、彼らが寄り添い力を合わせて、自分たち場所を守ろうとしている姿のようにも見えないだろうか。

彼らにとって自分たちの世界を脅かしている「大きな魚」とは、なんだろう。

いじられキャラも優等生も女王の親友も、それぞれに与えられた大事な役割で、それを保つことで、教室の中に居場所を確保している。小説では4人にスポットがあてられているが、クラスメイトのひとりひとりが、自分の物語かある。

その中で、宝田ほのかは異彩な存在だ。周りに振り回されず、正しさを語り、正しく行動する彼女の視点に、私たち大人は安堵する。みんなが「宝田ほのか」ならば、教室は安全な教育の場なるはずなのに、と一瞬よぎるが、その思考こそが、集団教育の落とし穴にもなり得る。

物語は、いまの時代の子どもたちをとても的確に捉えている。その中に、時代が変わっても変わらない、子どもの本質もある。

12歳ならば、まだまだ子どもでいてもいい年齢。社会は、彼らに早く大人になることを期待しすぎてはいないだろうか。

だれも、君たちの本当の世界を奪おうとなどしていない、と安心させてあげられたら。そのために、私たち大人ができることはなんだろうと、考えさせられる。

「問題児」と言われる武市くんの物語の中に、ヒントがあるように思う。
マイペースで人との付き合い方が不器用な武市くんは、学校では問題児とされているが、クラスのみんなも知らない面を持っている。夏休みに毎日休まずラジオ体操に通うような頑張り屋。それから折り紙のような細かい作業も熱心に取り組むところがある。

ひょんなことから大学の折り紙サークルと知り合い、大学生に教えてもらいながら、難しい折り紙に挑戦することで、自信をつけ、自分の世界を広げていく。

子どもにとって、いまは世界(すべて)だが、世界は広げられる。カエルも井戸を出てみれば、世界はもっと広いことがわかる。

勉強は、世界を広げるための、効率的な手段である。学校は、そのために必要な場所だ。

でも、世界が教室だけでは、息苦しい。
いま、習い事をしていない子どもは少ないかもしれないが、争いや結果を求められる世界では、自分が追い込まれてしまう。
自分を解放できる時間が必要だ。(これは、大人も同じ)
そうした場所を増やしていくことが、子どもの世界を広げることにつながるかもしれない。

最後に、ひとつ率直な感想を述べたい。
幾田先生のひとことは、「子ども」に向けてはいけない、ひどい言葉なのだろう。言われた子どもには、同情するが、庇う気にはなれない。

私が幾田先生と同じ立場なら、やはり呪いの言葉をお見舞いせずにはいられない。(これだから教員免許を保持していても、教職に就くことは自主的に辞退させていただいている)
少なくとも、これまでに、こんな子どもたちと関わるようなことがなくてよかった。
と言って、胸をなでおろすというのも、ひどい感想かもしれないが、私の本音だ。

本を閉じて、「もう教職にはつかない」「諦めました」と言って、教壇を去って行った先生方の顔が浮かぶ。みんな、子ども思いのいい先生ばかりだった。

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文庫本も刊行されましたが、断然、単行本の表紙がイケてる。子どもたちが鳩。この本からスイミーを連想したのも、表紙が鳩だからに違いない。六年生たちの物語ですが、どの世代にも読んで欲しい物語。大人にもぜひ。

君たちは今が世界
KADOKAWA
朝比奈 あすか (著)

出版社 ‏ : ‎ KADOKAWA
発売日 ‏ : ‎ 2019/6/28
単行本 ‏ : ‎ 320ページ

【もくじ】みんなといたいみんな / こんなものは、全部通り過ぎる / いつか、ドラゴン / 泣かない子ども

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