エマ・ドナヒュー『部屋』~外には本物の世界がある

本を読み終えた後、それまで見ていた同じ景色が違って見える本がある。自分が置かれているのは世界のほんの小さな一部にすぎず、まだ知らない大きな世界がどこかにある。その新しい世界に出会いたい気持ちが沸き上がる。エマ・ドナヒューの『部屋』もそんな1冊。

本の紹介

5歳の誕生日を迎えたジャック。ジャックはママとふたりで外の世界と遮断された小さな≪へや≫の中で暮らしている。≪へや≫には≪テレビ≫もあるし、ジャックは≪時計≫も読める。ママが毎日絵本を読んでくれるから文字もよく覚えているし、へやの中をかけ回って≪りく上きょうぎ≫をするのも得意。夜になると≪てんまど≫の向こうには≪うちゅう空間≫が見える。ジャックは≪洋ふくだんす≫のなかで隠れるように眠る。日曜日の夜にやってくるオールド・ニックから隠れるために。欲しいものは、オールド・ニックに頼めば≪日よう日のさしいれ≫を持ってきてくれる。
ある日、ママはジャックに本当のことを話して聞かせる。外にいるはずの自分の家族のはなし、そして、どうやって自分がこの≪へや≫に連れてこられたのか。ママはついに、≪へや≫を脱出するための計画を立てる。

「ねぇ、このまま、いようよ」
ママはダメダメしてる。「これじゃ狭すぎるのよ」
「何が?」
「この部屋」
「≪へや≫はせまくないよ。ほら見て」ぼくはいすにのぼってりょう手を広げてジャンプして回てんするけど、ぜんぜんぶつからない。
「こんなことしてて、ジャックがこの先どんなふうになっていくのか、考えるだけでもおそろしいわよ」ママの声はふるえてる。「もっといろんなものを見て、いろんなものに触れないとー」
「見てふれてるじゃん」
「もっといろんな、たくさんのこと。もっと広い空間が必要なの。(略)」

外への興味と未知なる体験への不安に心を揺らしながら、ついにジャックは脱出計画の実行を決意する。
誘拐され監禁された若い女性とそこで生まれた子どもが自由を奪われた暮らしから脱出する奇跡の物語であるが、それはこの物語のひとつの側面にすぎない。著者はこの物語を、犯罪サスペンスやミステリーとは別の視点から描いている。以下はあとがきで書かれた、著者の言葉である。

閉ざされた困難な状況の中で生き抜こうとする母と子の姿を書きたかったのです。子供の視点から語らせれば、ホラーやお涙頂戴ものではなく、ひとつの世界から別の世界へ出ていく物語として書けるのではないか、と考えました。グロテスクなストーリーを語る意味は、”正常なるもの”や”普遍的なるもの”の本質に光を当てることにあると思います。

困難な状況の中で希望を失わずに生きることはたやすくはない。窒息しそうなへやの中で、ふたりが寄り添いながら前向きに日々を生きつなぐ逞しさに救われる。やがてジャックは、小さな自分の世界から広い外の世界へと出てゆく。目まぐるしい早さですすむこの世界は、ジャックの目にどう映っただろうか。鮮やかなこの世界で、多くのものに出会い、戸惑い、考えながら少しづつ世界と融合していく。

ぼく≪へや≫の中は安心だったけど、≪外≫はこわいもん

未知なる世界への不安はだれにでも経験がある。恐れずに飛び込めば、新しい世界がきっと広がる。一歩踏み出す勇気を与えてくれる1冊。

受賞歴など

  • 2010年ブッカ―賞最終候補作
  • 2010年カナダ総督文学賞選出
  • 2010年アイルランド文学賞を受賞
  • 2011年オレンジフィクション賞
  • 2011年全米図書館協会が選ぶ12歳から18歳までのヤングアダルトに特に薦めたい大人向けの本10冊であるアレックス賞を受賞
  • ニューヨーク・タイムズ紙「2010年のフィクション・ベスト5」に選出

映画化

2015年映画化され話題作となりました。
キャッチフレーズは、はじめまして、【世界】
原作者エマ・ドナヒューが脚本を書き、アカデミー賞、ゴールデングローブ賞、バフタ賞にノミネートされました。

本をチェックする

5歳児の視点で語られる物語。テンポやバランスのよさを感じる心地よい土屋京子さんの翻訳もこの物語の魅力を引き出しています。

部屋
講談社
土屋 京子(訳)ドナヒュー エマ(著)

出版社 ‏ : ‎ 講談社
発売日 ‏ : ‎ 2011/10/7
単行本 ‏ : ‎ 498ページ

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