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「おとなには、優しいおとな、優しくないおとな、どっちつかずの3種類がいる。」
子どもが生きのびるために必要なのは、大人を見極めるスキルなのか。
桐野夏生が描くディストピア小説
*もくじタイトル*
第一章 スープ・キッチン
第二章 シブヤパレス
第三章 バトルフィールド
第四章 鉄と銅と錫と
第五章 世界は苦難に満ちている
第六章 優しいおとな
***
近未来の東京。街には路上生活をするホームレスであふれかえっていた。五十年も野宿をしているヤマダの爺さんのようなものや、シングルマザーなどの女性ホームレス・グループ・マムズたち。彼らは代々木公園村で寝起きし、企業や教会の炊き出しがあると聞けば歩いて並び、その日の食料を確保する。
イオンもここで仲間を持たずにひとりで生きているホームレスのひとり。十月で十五歳になったはずだ。
そんなイオンに興味を持ち、気にかけて助けてくれる大人もいる。NGO「ストリートチルドレンを守る会」のメンバーであるモガミは、イオンにとって唯一の「優しいおとな」だ。
イオンがここに来る前のことで覚えているのは、どこかの施設で「きょうだい」たちと暮らしていたというおぼろげな記憶だけ。
「きょうだい」たちの中でも、強く記憶に残っているのは鉄と銅のふたり。三歳年上のふたりは、イオンの憧れでもあった。鉄と銅は、鏡を見ているような完璧な一卵性双生児で、歯並びや左頬のほくろの位置まで同じ。聞き分けることのできない同じ声質で、ほとんど同時に同じ言葉を話す。生きていく上で大事なことを教えてくれたのも、鉄と銅のふたりだ。
おとなは三種類だ。優しいか、優しくないか、どっちつかず。
優しいおとなは滅多にいない。優しくないおとなからはすぐ逃げろ。でも、一番僕たちを苦しめるのは、どっちつかずのやつらだ。しかも、そいつらは数が多い。絶対に信用するな。ともかく、大人を見極める。それしか僕たちの生きる道はない。
公園村を出て、廃屋となったシブヤパレスで寝泊まりしていたイオンは、ある日そこで、壁に大きく描かれた鉄と銅のメッセージを目にした。そして、叫んだ。
「俺はここにいるよ」
イオンは、大事な「きょうだい」鉄と銅を探すため、危険なアンダーグラウンドへと足を踏み入れたー。
好きってどういうことだ
いつかイオンはモガミに訊ねた。
「好きってどういうことだ」
「好き」という言葉が示す感情を言葉で理解できなくとも、イオンが危険を冒してまで鉄と銅を探そうとする根っこにあるものは、家族への「愛着」に他ならない。
母は子を産んだ時に愛着を感じるようにDNAが設計されているという。それを「母性」と呼ぶ。子どもに愛着を感じるからこそ、育てることができる。
子どももまた、自分を養育してくれる人に愛着を持つ能力を備えている。生まれたばかりの赤ん坊は世話をしてもらわなければ生きられない。健全に育つためには、養育者に「愛される」必要がある。不思議なのだが、DNAの中にはそんな情報が組み込まれているらしい。
つまり赤ん坊は養育者に愛されようとするのと同時に、養育者を愛する。それは、生きぬくために備わった能力なのだ。
愛情の対象は永遠ではない。しかし、愛された記憶があれば、人はそこを拠り所として生きていくことができる。
お前の拠り所を作れ
イオンが持っているのは曖昧な記憶と、自分の「過去」が記されているはずの新聞の切り抜きだけ。文字の読めないイオンは、記事にどんなことが書かれているのか知ることができないが、鉄や銅と自分が「きょうだい」である証がここにある。そのことがイオンの心の拠り所だった。しかしその切り抜きは、自分のミスで預けておいたロッカーから盗まれてしまう。
人は支えがあるから強く生きていける。イオンの手にモガミの手紙を渡し、拳銃婆さんはこう言った。
「お前の拠り所を作れ」
「人間にはそういうものが必要だろう」
しかし、イオンはそれを突っぱねる。新聞の切り抜きと全財産(これまで貯めた金と大好きな漫画本)、すべてを失ったイオンの心は簡単にもろくなっていく。
無関心を装おうとしても、孤独を埋めたい気持ちは消せない。 孤独の中にいても、誰かとつながっていると思える確かな「なにか」を感じたい。
鉄と銅はイオンに生きていくために大切なことを教えてくれた。
優しいおとなを見極めること。
モガミが教えてくれたことは、ありがとうとごめんなさい。
ずっとイオンを支えていたのは、何度も繰り返されるこの言葉。
それはだれかがくれた強く確かな優しい記憶。
本をチェックする
桐野夏生さんの生々しさや毒気を含む作品は好みが分かれますが、この作品は誰にでもおすすめしたい作品。
単行本: 306ページ
出版社: 中央公論新社
ISBN-13: 978-4120041501
発売日: 2010/09
文庫本もありますが、単行本の方が好みです。各章のはじまりにエマさんのカラーイラスト付きの扉があり、このまま漫画にして欲しいと思うほど気に入っている。文庫本はどうなんだろう。